1カ月単位の変形労働時間制を認めず/日本マクドナルド事件(名古屋高裁、令和5年6月22日)

★ 1カ月単位の変形労働時間制が否認され、割増賃金の支払いを命じられた事例
                                日本マクドナルド(変形労働時間制)事件(名古屋高判令和5年6月22日・労働判例1317号48頁)
  
 外食産業大手の日本マクドナルド株式会社において採用されていた「1か月単位の変形労働時間制」の有効性が争われ、控訴審である名古屋高等裁判所が会社側の制度適用を「無効」と判断した非常に重要な裁判例です。
 
本判決は、全国規模で多店舗展開を行う企業であっても、労働基準法が定める手続きや要件を厳格に満たしていなければ変形労働時間制は認められないという規範を明確に打ち立てました。飲食・小売・サービス業をはじめとするシフト制勤務を導入する企業全体の労務管理に、極めて大きな一石を投じた事件として知られています。
 

1. 事案の背景と経緯

 

本件の原告(一審原告・控訴人)は、被告である日本マクドナルド株式会社(一審被告・被控訴人)の直営店舗にて店長代理等として勤務していた元従業員です。
 
原告は退職後、会社に対して以下の複数の請求を行って提訴しました。
 
(1)未払い割増賃金(残業代)および付加金の支払請求
(2)退職合意の無効主張に基づく労働契約上の地位確認および賃金支払請求
(3)会社側による不当な退職勧奨やパワーハラスメント等を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求
 
このうち裁判で最大の争点となったのが、①の「未払い割増賃金の有無」、具体的には「会社が原告に対して適用していた1か月単位の変形労働時間制が、法律上有効に成立・運用されていたか否か」という点でした。
 
会社側の主張と計算方法
会社側は、就業規則において「1か月単位の変形労働時間制」を規定しているため、同制度に基づき計算した労働時間に応じた割増賃金はすべて精算済みであり、未払い残業代は存在しないと主張しました。
 
原告側の主張
原告側は、就業規則に記載された制度の内容と各店舗での実際のシフト決定・運用の実態が全く乖離しており、労働基準法上の要件を満たしていないため制度自体が無効であると主張しました。制度が無効であれば、原則通りの「1日8時間、1週40時間」を超えて勤務した時間すべてについて法定外残業代(割増賃金)が支払われなければならないことになります。
 

2. 裁判における主な争点と当事者の主張

 

争点:1か月単位の変形労働時間制の有効性
労働基準法32条の2に規定される「1か月単位の変形労働時間制」は、業務の繁閑に応じた効率的な労働時間の配分を可能とする反面、1日8時間・1週40時間という法定労働時間の原則の例外となる制度です。そのため、制度の導入と運用には厳格な要件が課されています。
 
(1)就業規則等による「事前の特定」
 変形労働時間制が有効に成立するためには、対象期間(1か月以内)における各日・各週の労働時間や始業・終業時刻が、就業規則等によってあらかじめ具体的に特定されているか、あるいはそれを一義的に決定する客観的なルールが定められていなければなりません。
 
原告側の主張:会社が定めた就業規則上のシフトパターンと、現場の店舗で毎月作成・通知される実際の勤務シフトは一致しておらず、始業・終業時刻の事前の特定がなされていない。
 
会社側の主張:全社的な就業規則において基本的な労働時間枠を定め、それに基づき各店舗の店長が月ごとに勤務シフトを作成・特定して交付している。全国に多数存在する店舗の多様な営業形態に応じたシフトを就業規則本体にあらかじめすべて記載することは物理的に不可能ですあり、現行の運用は就業規則の定めに準じた有効なものである。
 

(2) 事業規模や多店舗展開の事情

 

会社側の主張:ファーストフードチェーンのように、24時間営業や時間帯ごとの来客数の変動が激しい多店舗展開企業においては、現場の柔軟なシフト管理が不可欠であり、労基法の適用にあたっても事業の実態や規模を考慮すべきである。
 

3. 裁判所の判断(名古屋高裁の説示)

 

一審の名古屋地裁(令和4年11月11日判決)に続き、控訴審である名古屋高裁(令和5年6月22日判決)も会社側の主張を全面的に退け、変形労働時間制の適用を「無効」と判断しました。
 
名古屋高裁が示した判断の骨子は以下の通りです。
 
(1)変形労働時間制の趣旨と要件の厳格性
裁判所は、労働基準法32条の2が定める変形労働時間制の趣旨について、労働者の生活設計の予測可能性や健康確保の観点から、「使用者が業務の都合に応じて任意に労働時間を変更することを許容する制度ではない」ことを強調しました。
 
したがって、変形期間開始前に各日の労働時間が具体的に特定されていることが不可欠であり、その特定は就業規則等の明確な規定に基づいて行われなければならないと示しました。
 
(2)就業規則と現場運用の乖離(シフト運用の違法性)
本件において、日本マクドナルドの就業規則には一定のシフトパターンが定められていたものの、実際の店舗現場では就業規則に存在しない独自の時間枠や変則的なシフトが日常的に組まれていました。
 
裁判所は、このように就業規則上の規定と実際の店舗でのシフト決定手続き・内容が一致していない状況においては、労働時間が事前に適法に特定されていたとは認められず、変形労働時間制の要件を欠くと判示しました。
 
(3)事業規模・営業形態に関する反論の不採択
会社側が強く主張した「全国に多数の直営店を抱える大企業であり、全店共通のシフトパターンを事前に就業規則で網羅することは不可能である」という点について、高裁は以下のように判示し、会社側の弁明を一蹴しました。
 
「労働基準法32条の2の定める要件は、使用者の事業規模や店舗形態、経営上の便宜によって緩和されるものではない」
 
つまり、企業の規模や多店舗展開という事情は、労働基準法が求める労働者保護のための要件を緩める理由には一切ならないと明確に結論付けました。
 
(4)判決の結果
変形労働時間制が無効とされた結果、原告の労働時間は原則通り「1日8時間・1週40時間」を超えた部分がすべて法定外労働と認定されました。裁判所は会社に対し、これに基づく未払い割増賃金(残業代)および遅延損害金、さらに不支給に対する付加金の支払いを命じました。
 
(※なお、原告が併せて請求していた退職合意の無効主張や、退職勧奨・ハラスメントに関する損害賠償請求については、一審同様に請求が棄却されています。)
 

4. 本裁判例の判例法理的・実務的意義

 

本判決は、単に一企業の残業代請求訴訟にとどまらず、日本の労務管理実務において非常に大きな影響を与えるランドマーク的な判決となりました。
 

実務における主要なポイント

 

論点 従来の企業の認識・運用 本判決が示した規範
就業規則の記載  形式的に「変形労働時間制を採用する」と書いておけばよい 就業規則の規定と実際のシフト作成ルールが完全に合致していなければ無効
現場でのシフト変更 業務の繁閑や人手不足に応じて現場で柔軟に変更可能 使用者の都合による任意・臨時のシフト変更は変形労働時間制の趣旨に反する
企業の規模・事情 店舗数や24時間営業などの業界事情が配慮される 事業規模や店舗形態を理由とする要件の緩和は一切認められない
 
5,企業労務に与えたインパクト

(1)形式的運用の全面否定 
「就業規則上は制度を導入しているが、現場では店長の判断で独自のシフトを組んでいる」という、外食・小売業界等で散見された運用の違法性が確定しました。
 
(2)遡及的な残業代発生リスク 
変形労働時間制が無効と判断された場合、過去に遡って「1日8時間・1週40時間」を超える全労働時間が法定外残業となります。変形労働時間制の枠組み前提で組み立てられていた給与計算が崩壊するため、企業側は多額の未払い残業代リスクを抱えることになります。
 
(3)シフト管理システムの全面的な見直し 
多店舗展開企業においては、全社共通の就業規則でカバーできる程度にシフトパターンを整理・集約するか、各店舗のシフト決定ルールを就業規則上へ適法に落とし込むという、システムおよび労務管理規程の根本的な見直しが強く求められるようになりました。

☆ 会社はどうすべきか

 1カ月単位の変形労働時間制を採用している企業にとっては、かなり厳しい判決といえます。人手不足で日々やりくりをしている外食・小売り業界などでは、現状ほぼこの判決に当てはまってしまうのではないかと思われます。そうかといってお客やアルバイトの出勤に左右される業態である限り、変形労働時間制は必要な労務管理ともいえます。

 働き方改革等で大きな動きがある中で、このような硬直的な運用はどうかとも思うのですが、現実は見つめなければなりません。現実に即したシフトパターンを細かく就業規則に記載し、それに従って運用することが必要です。


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