<事案>
広告代理店H社の社員0は、就業規則に退職する場合は1ヶ月前に申し出ることが書かれているにもかかわらず、突然1週間前に退職する旨を申し出て引き継ぎもろくにしないで、退職してしまった。
<ポイント>
期間の定めのない雇用契約の場合、法律上契約の終了は2週間前に申し出れば成立します。したがって事例の場合であれば特別の事情がなければ2週間先に延長させることは可能です。それによって損害賠償が発生すればその求償もできます(現実としては難しいでしょうが)。
法律上は2週間前に申し出れば成立しますが、就業規則に手続きとしてもっと長く(例えば1ヶ月前)に申し出ることを記載することは、特に問題はないでしょう。それが守られない場合には何らかの制裁を課すことは程度によりますが「あり」だと思います。
引継ぎに関しては法律上は特に記載はありませんが、就業規則を守らずに引き継ぎをしない場合、退職金の減額支給等の制裁は可能です。ただし、主観的な要素が強いので慎重にしなくてはいけません。
会社にとって引継ぎをしないで退職をされた場合、ケースによってはたいへんな痛手となります。ただし結論から言えば引継ぎを強要することはできません。
1,憲法、法律では
憲法第二十二条1項
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
労働基準法第5条(強制労働の禁止)
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
2,有給休暇を拒否できるか
「今月末で退職いたします。それまでは有給休暇を取ります。」こんな申出も多いと思います。会社は有給休暇の申出に対しては、時季を変更する時季変更権がありますが、退職前では変更する時季がないのでこれもできません。
労働基準法39条5項
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
損害賠償を請求することはできます。ただし、引継ぎをしなかっただけで請求をすることはできません。債務不履行による損害賠償を請求することになりますが、業務の引継ぎ拒否と損害との間の因果関係や社員の過失等を立証しなければなりません。
かなり難しいことですが下記のような判例もあります。ただしこの事例は損害の因果関係がはっきりしており、200万円を賠償する念書もあったことを考えれば、かなり特殊な例ではあります。
ケイズインターナショナル事件(東京地裁平成4年9月30日判決)
<概要>
室内装飾等を目的とする会社に入社した社員が突然退社したことにより、担当する予定のプロジェクトの契約が打ち切られ損害を被った会社が(会社の主張は1000万円の損害)、その元社員との間で合意したとする200万円の損害賠償の支払を求めた。
<判決>
請求額の約3分の1の70万円の支払い命令。
引継ぎをさせるためには、下記を留意するべきですが、根本的には強要はできないので、信頼関係を維持させることが何よりです。特に退職時には感情的な対応をしてしまうこともありますが、お願いベースでの話し合いが持てる人間関係は築いておくべきしょう。それが難しい局面がたくさんあることはわかりますが。
1,就業規則への記載
退職時に引継ぎを行うこと、しない場合に懲戒処分にすること、等。
2,退職金の減額等
退職金がある場合、上記懲戒処分に退職金の減額や支給制限を記載すること。金額によっては問題になるので、慎重に検討する必要はあります。
3,インセンティブの支払い
上記とは逆ですが、引継ぎをきちっと行った場合、何らかのインセンティブを支払う約束もありでしょう。ただし最小限にしておくべきです。